「それで連れて帰ったって事ね」

 

「は、はぁ………」

 

 彼女の方に視線ひとつ合わせず

書類にチェックを入れるひかたに、当の六陣は任務内容に

含まれていなかった「保護」の問題で自己責務を負わされているところだった。

 

「世話はお前がみるんだぞ、俺、そういうの嫌いだし」

 

「………………」

 

 

 

SAS──Special Ability Secret allied force──第三章・4

 

 

 

 

「失礼しました」

 

 

 部署長室を出て壁によしかかり、ため息を一つもらす。

そんなノイズでもかかりそうなほどに落ち込んでいる六陣を見やり

青嵐は精一杯慰めようとした。

 

「気にしなくていいのよ、連れて帰ったことは。どうせその生き物についても

 うちらじゃなきゃ解決できないからどっちみちここに来ることになるんだったし。

 あの人はただ単に面倒なことに巻き込まれるのが嫌なだけなんだから」

 

「はぁ………。でもこれからどうしましょう?」

 

 あのあと、地上に上がり軍兵に状況の説明と例の化学生物の

話をしていると、ちょうどそこへ散歩に出ていた六陣の父が帰ってきた。

 父はまるで何もなかったかのように、そう、まるで本当にブラッと

軍の司令部の研究所に遊びに行っていたというのだ。帰ってきたときも

何食わぬ顔で、『あれ、蒔唯ちゃんじゃない、パパに会いに来てくれたの?』

で済ませてしまった。

 

 その後、彼に化学生物をSAS機関で保護するために連れて行くことを

伝えると、まるでおつかいに行こうと提案し、それを任せるときのように

簡単に『助かるよ』、とだけ告げられた。

 

「とりあえずこれからどうすんの?」

 

「そうですよね…、今日一日考えて、あとで私のところの部署長に相談してみます」

 

「うん、それがいいかもね。多分そっちにも連絡は入ってるだろうし」

 

「はい…、じゃあ一度部署に戻って報告書だけ受け取ってくるので」

 

「えぇ、また来なさいよ。同じ部署内なんだから」

 

 

 それだけ交わすと、六陣は第二部署を出てすぐ隣にある第一部署へと入った。

各部署は部署数が2つから3つに分かれており、六陣が現在所属しているのは

第一部署の方である。しかし、異動前には第二部署に所属していたために

何かと縁深いところだ。

 

「帰還も遅くなったし、部長怒るかな……」

 

 六陣には、やはり苦悩が付きまとうのであった。

 

 

 

 

+++++++++++++++

 

 

 

 

「はは、それでこんなに遅くなってたんだ。もう夕刻だよ?」

 

「えぇ……長い道のりでしたとも」

 

 ようやく自身の部署でくつろぐことができた六陣は

自分のデスクにはつかず、接客用のソファに深く腰掛け首を

背もたれに もたれさせた。

 そこに同じ部署に所属している第四等級の晩霜(ばんそう)が

お茶を淹れて持ってきてくれた。もうひとつの湯のみをその向かいに

置くと、自分も彼女の向かい側にあるソファへ腰掛けた。

 

等級とは、機関内の中だけで用いられている少々特殊な称号だ。

 各部署の中にはさらに2・3の小部署が存在しているとあるが、その中には

部署長、副部署長の他にも地位を確定している特定の固有名詞がある。

 8つある部署の各小部署(現在すべてを総合し22の小部署がある)には

固定した名詞と、それに決められた等級が定められている。

 速報部の第一部署内において、特殊部隊班からなる6名。それの下につく

約36名の部隊班の中の位の総合において、六陣の所属名(通常はそれを異名として用いる)

「酒星」は第六等級、つまり第一部署内において6番目の地位をあらわすものだ。

 

 

「みんな、今は外に出ちゃってるから今は僕だけだったんだ。

 酒星が帰ってきてくれて良かったよ」

 

「じゃあ部長さんもまだ帰還されてないんですか?」

 

「うん。部長なんだから部屋に篭っていてもいいんだけどね、

 どうも性に合わないらしくって」

 

 司令部も含め8つある各部署において、六陣の所属する

速報部はどこの部署に比べても勝るほど、常に人がいないことで有名だ。

それぞれの小部署が一斉に一定的に人がいない状態になると色々と厄介な

問題になるためにここの部署はそれぞれの小部署が力を合わせて仕事の分担をしている。

第二部署は第一・三部署の分の書類も引き受け、その分第一・三部署が

各地区に赴きそれぞれの土地で情報収集や事件の捜査を担当する。

 

それは毎年3月にある定期異動のときにそれぞれの部署で開かれる

会議によって担当が決められる。

 そして今年各地に飛び回ることになった六陣には、昨年度も書類の整理を

任されていた第二部署に所属していたときよりも少々過酷なものであった。

 

 

 何はともあれ、部長の不在を知らされた六陣はホッとしていた。

熱血部署長と名高いここの部長、風炎(ふうえん)は何かと口うるさく

厳しいことで有名だ。今回も一度帰還して自分の部署にも戻らず

(報告書も持っていかずに)すぐに別の任務に飛び出していった六陣は

内心ではヒヤヒヤものだった。

 だが晩霜の話を聞くと、そもそも昨日から外出しており、帰還予定日も

明日から翌日にかけての間になるということであった。

 

 

 

「へぇ、喋る化学生物?」

 

 それから少しの間、帰ってきてすぐに就かされた任務のことを

晩霜に話していた。それに対し彼は興味をもったようで興味津々と

いった顔で六陣をみつめる。

 

「はい、そう言っていたので連れて帰ったんですが、まだ一度も

 喋ってないんですよね。本当に喋るのかも分からないんですが…」

 

「で、今その生物はどこに?」

 

「今は狭雲月が上にかけあって私が管理していいかを交渉して

 貰っているんです。なんせ前例が少ないものだから……」

 

「そうだね、喋る化学生物の管理を任されることはもう何年ぶりにもなるから…」

 

「え、そうなんですか?」

 

 六陣はこの機関に入って、部隊班に入隊してからはまだ5年しか経っておらず

ここの過去の出来事にはあまり詳しくは無い。

 

「うん、ちょうど君が部隊班に入隊するより以前の6年前でね、

違う部署の間でも噂になってたんだよ。そのころその生物を管理したのは

医術部だったんだけどね」

 

「過去にもあったんですか。で、その生物は?」

 

「それが当時そこの第一部署長をやっていた椿が変わり者でね

 て言ってもあそこの部署長は今の人も変わってるけどね」

 

「そうなんですか…」

 

 時折耳にはするものの、六陣は医術部の第一部署長椿には

一度も会ったことがないのを思いだす。たしか女性だったはずなのだが…。

 

 

「あぁ、君はまだあったことがないんだっけ?実は僕と同期なんだ」

 

 そのことにちょっと吃驚する。六陣の向かいにいる晩霜は

今年で二十歳になる歳だ。それと同期で入って更に部署内の

総監督をする第一部署の部署長になるとは、相当の腕の持ち主なのだろう。

 

「ちょっと話が逸れたけど、とにかく当時の部署長がその生物の

 解剖を始めちゃってさ。それでお陀仏に、ってわけ」

 

「へ、へぇ…。そんな事情が」

 

「あそこの部署は変人が多いって有名だから、酒星ちゃんも

 気をつけなよ」

 

「わ、私は大丈夫ですよ!」

 

 ふざけてそういう晩霜に、六陣は少々ムキになりながら反論する。

それに更に笑いをそそられ笑う彼に、六陣もつられて笑った。

 

 

 

 

+++++++++++++++

 

 

 

 

「待ち合わせを10分オーバーしてんぞ」

 

「ごめんごめん、ちょっと部署の方で話し込んじゃってて…」

 

 時雨と六陣は時間を決めて中央塔の出入り口で待ち合わせをしていた。

彼の足元に化学生物の入っているケースがあるということは、交渉が上手くいったのだろう。

 

「話し込むって……、怒られてたの間違いじゃないのか?」

 

「ち、ちがうよ!部長はいなかったから晩霜さんとちょっと世間話を…」

 

「また出てったのか。懲りない人だな。緊急の部署長会議があったらどうするつもりだ」

 

 少々息を切らしてそう弁解する六陣に、というよりも速報部の

監督をも務める部署長の不在に呆れる時雨に、六陣は苦笑することしかできなかった。

 そもそも彼の外出癖は今に始まったことでもなく、重要な位に就いたからといって

治るようなものでもないからである。

 

「とにかくこいつ、お前の部屋まで連れて行くから」

 

「うん、報告書も貰ってきたし、急ごう」

 

 時雨はケースを手に持ち直し、司令塔からは少々離れたところにある

六陣の部屋がある寮へと向かった。

 ケースの中の化学生物は、投薬された睡眠薬により、未だに眠ったままだ。

 

 

 

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