この場を救う手立てはただひとつ

六陣の父が帰ってこないことを祈ることだ

 

 

SAS──Special Ability Secret allied force──第三章・3

 

 

 

「そんなに暇なら聞こうか、てめぇらの目的は何だ?」

 

 とうの昔に怒りが脳天まで届いた時雨は唐突に話を切り出した。

それに対し、いまだに緊張感のかけらもない敵の青年は、んー?と

まぬけな声を出して答える。

 

 

「てゆーかさ、まずは名前を名乗って欲しいんだけどね、お兄サン?」

 

「敵にわざわざ名乗るかってーの」

 

 二人のムードは最悪だ。

このままでは戦闘モードに突入するくらいに険悪な雰囲気になったところで

女が切り出した。

 

「じゃあ私たちから自己紹介してあげましょうか、クルード?」

 

「そうだね、リドヴィナ」

 

 そう言って二人は立ち上がった。

青年は服についた埃を掃うと二人ににっこりと笑いかけた。

 改まり、相手を逆撫でるような猫撫で声でクルードと呼ばれた青年は話す。

 

 

「やあこんにちは、俺の名前はクルード。君達の名乗る名前もどうせ

異名(アリアス)なんだろうから、失礼ながら俺も異名しか名乗らないよ。

犯行の目的は十分理解できると思うんだけどね?」

 

 肩口ほどまである、男としては少々長いライトブラウンの髪を、首を傾けて揺らしている。

少し切れ長の瞳には、蜂蜜のように濃い色をした琥珀が埋め込まれている。

身の丈は時雨と同じくらいで、体のラインは細い。

 これといった武器は装備していないが、油断は禁物であることに変わりないだろう。

 

「私の名前はリドヴィナ、それ以上のことは教えられないわ。

 もちろん私の名前も異名だっていうことだけは教えなくても分かるでしょうけれど」

 

 もう一人の女、リドヴィナは物腰の柔らかい雰囲気を醸し出していて

クルードのように邪険な態度を取ったりはしない。肘あたりまである

ワインレッドの髪にアスターパープルの瞳をしていて、顔以外の肌は

すべて黒の服で覆い隠してあり、手には手袋をはめている。

 

「で?そっちの自己紹介がまだなんだけどな」

 

 リドヴィナが喋り終わったあとでクルードが言った。

 

 

「狭雲だ。それ以上を名乗る必要はないはずだ」

 

「私は酒星。と言っても第二の本名はバレているようだけど」

 

 

 

「話が続いていたかしら。目的?そうね、なんなら直接教えてあげようかしら。

…ここの研究所である実験が成功したことはご存知?」

 

 

お互いの自己紹介が済んだところでリドヴィナは話を本題に戻した。

 

 

 

「それならさっき研究員に聞いた。喋る化学生物だろ?」

 

「そりゃあ滅多に成功しない実験だけど、それだけで俺達がその

モルモットを狙うと思うの?……目的はもうひとつあるんだよ」

 

 言葉と一緒に彼は机に置いてあったランプを片手に後ろにある例の檻へと向かった。

檻の前までいくと、そこにしゃがみ中にいる生物を見つめている。

そうしていると、青年はランプを檻に近づけ時雨達にもその姿が見えるようにした。

 中にいる化学生物は毛並みを逆立て警戒音を発すだけで、到底

人語を喋るようには思えない。形状も特殊といえば特殊かもしれないが

少し『頭が大きいだけの』イヌ科に分類される精霊獣だ。

 

「で?もうひとつの目的って何だ」

 

 警戒する化学生物を構うだけでその先を言おうとしないクルードを

急かすように、時雨は先を急がせる。

 

「サイバネティックスって知ってる?」

 

 

 声調の変わった青年の声は先程までのお茶らけたものとは違い

真剣さをかもし出していた。その空気の変化と聞いたことのない言葉に

六陣は困惑し、彼女の母はさすが関係者といったところだろうか。

罰の悪そうな顔をした。

 

 

「……知っている」

 

 その中で、少々気を乱したものの、時雨が肯定の意を示した。

 

「心理学や生理学、物理学やその他諸々を総合して構成された

 人工頭脳の理論。本来は介護や障害者のためとして研究が開発されたが

 後にそれを機械に取り入れ人工知能を持つ化学兵器を発明しようとした。

 だが─」

 

「だが、それは失敗し、その後それにさらに便乗し、それらの

 理論を元に今度はその理論と人工頭脳を用いてこれらを“人体以外の

 生物に移植できないか“という発意を持った者が出現し実験を再開して

 今日に至った。その汗と涙と命の結晶がこいつってわけだ」

 

 肯定を示し更に詳細を話し始めた時雨の言葉に紡ぎ

クルードは続きを話した。その複雑で倫理の域を超えているであろう

内容に六陣は眉を寄せ、ちらりと母の様子を伺う。

 目を向けられた母はそのことに気づかず、ただ必死に

この場から目を逸らすようにして佇んでいる。

 

 室内の温度は降下する一方だ。

 

 

 

 

 

その時、地上の方でサイレンが鳴り出した。

それの正体に気づき、クルードは舌打ちをすると女、リドヴィナに

アイコンタクトをした。それを合図に女は六陣の母を連れて行こうと

手を伸ばしたが、寸でのところで時雨が銃口を手先に向けていることを

察して何もせずにそこから後退した。

 警戒態勢を取る六陣と時雨──その後ろに六陣の母が守られている──には目もくれず

おそらく母に教えられたであろう壁の隠れたところにあるボタンを押して隠し扉を開け

そこから脱出していった。

 

 

 

 それから幾時もせずに首都内の軍兵が数人、すでにもぬけの殻となっている

時雨達だけが残された部屋へと侵入してきた──隠し扉はすでに閉まっており

彼らの気配も完全に消えている。本来ならば本人たちがその場を離れたあとにも

気配は残るものだが、それは微塵も残っていないことから彼らの真の実力が

伺えるだろう。もちろん、先程進入した恐らく三等兵たちであろう下っ端どもに

そもそも彼らの気配を探るほどまでの能力があったかは理解しかねるが。

 

 

「地上に出た方が良さそうね、蒔唯ちゃん」

 

「母さん……」

 

 

 時雨が軍兵共と取り合っている間に、ようやく落ち着いたらしい六陣の母は

隣にいた自分の娘に外に出ることを促した。

 軍兵との話が済んだ時雨が彼女たちに近づくと、彼女は

先程のように部の悪そうな表情を浮かべた。

 

「ここはあいつらに任せて外に出よう。だが、あそこにいる化学生物は

 SAS機関(うち)で預かることにするだろうから連れて行くぞ」

 

「えぇ…、もともとはそのつもりだったからその方がこちらとしても

 有り難いわ。ここでは、またいつこんな事があるやも分からないし…」

 

 そう言い うそ笑を浮かべる彼女に、何かを探るような目を向ける

時雨だったがそれ以上の追求はせずに先にスタスタと地上へ上がる

階段のある扉の方へ歩き出し、六陣とその母もその後におとなしく従った。

 

 解決どころか少々難儀な方向へと向かってしまった事件に

六陣は気づかれないようにため息を吐いたが、それ以上に

複雑な思いを浮かべている時雨に、その後ろを歩く二人は気づくはずもなかった。

 

 

 

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